昭和52年5月18日 朝の御理解
御理解 第14節
「神は荒地荒屋敷をお嫌いなさる。」
天地の親神様、荒地荒れ屋敷を嫌いなさる、ですからその荒地を開墾する、そこに良い種がまかれて良い苗木が植えられてうっそうとした森林になったり、畑になったり活用されると言う事はお嫌いなさるの反対ですから、神様に喜ばれると言う事になるわけですよね。神様に喜んで頂く信心。
昨日は、合楽会で本当に、もう信心を共励すると言う事はやはり神様のお喜びである証拠に、どういう支えかな共励会であっても必ずおかげを頂きますですね、私自身がそうです、もう昨日も本当におかげを頂いたと言うて、もう丁度十二時頃までお話を聞かせてもろうたり、させてもらったりしたんですけれども、まあいろいろ有り難い話がありました中に正教先生が人間離れと言う事をいっております、私はそれを聞いた時に何か、何か身震いの出るような感じが致しましたね。
あの人は人間離れしておると言う様なものではなくて、私は本当に私共言うなら、人間から生神への精進が金光教の信心だと言われます、だから人間心から神心が段々出来て行くと言う、それには私は本当に教えを頂いて、教えの素晴らしさを行じさせてもらい、また体験の上にそれを現していき、神様の間違いなさ、一分一厘間違いのないお働きを、まあ感じさせて頂くとね。
だからそれだけではいけん、やはり離れるのですから人間離れ、もう人間から言うなら、神様にこう入って行くほどしの時は普通ではとても出来る時じゃないですね、と言うてなら教えが頂けれ、教えが有り難い、金光教の信心が有り難いと分かってからでなからなきゃいかん、それが分かってそこに何かがある、言うなら難儀がある、もうそれこそそう言う時こそが、言うならば千載一遇と言うかね、またとないチャンスですから、私共がいよいよ人間離れして行く時であります。
私はその事を聞かせて頂いて、私の、いうならば修行中ですね、まだ私は三井教会の信者時代に、もうそれこそ無い無いずくしの中に、一生懸命の修行をさせて頂いとる時に、今から考えてみると、成程人が本当の大坪さんの後ろから後光の射しよるごたると、いうふうな表現で言っておられるのを私は、いうならそれは直接ではなくて、影、第三者のいわれる、そんな話を聞かせて頂いてから、あぁ言う時がやっぱり後光の射しよる時だろうと私も思うです。
なぜかと言うとあぁ言う難儀な中に、もう難儀という物を感じていなかったと言う事です、もうただ有り難いの一念がそこに難儀な人があるならばそこへ行ってお話でもしなければおられない。もうそれこそまあ言うならば、夏は夏服一着で破れ靴を履いて、しかも破れカバンを下げて、しかもその破れ靴がいよいよ履けんごとなったら、もう下駄の擦り切れたような下駄を履いた、もう冬なんかはあかぎれで下駄がのろのろするごと踏んで行きますからね。
と言った様な時代でも、はぁほんにこげなんじゅつ無いことはなか、こげなきつい事はないと思うた事がないですもん、もうそれが有り難うして有り難うして応えんじゃったです、久保山先生が、大坪さんほんなこてそげん有り難かですかち言いよりなさいました、嘘のように見えたんです、ところが事実有り難かったんです、だからそう言う時に私は、人間離れして行きよったんだなと、自分で昨日改めて思いました。
大和さんの発表の中に、先日、久留米支部のご大祭の前の日に頂かれたお夢が、佐田さんのところの前に、もう真っ直ぐ立派な電柱が立ち寄る、ほぉこれは立派な電柱が立ち寄りますのうと言うたら、はい合楽から電気を引いて頂きますからと言う、そのそのお夢でお知らせを頂いた。なるほどご大祭のことを思うと、本当に合楽の御比礼が流れてきとらんなら、とてもあー言うおかげになってこなかった。
市長さん夫婦が参拝されるとか、県会議員が一緒同伴で参拝のおかげを頂くとか、しかもあそこに一杯の参拝者が集まると、言った様な事はやはり合楽の比礼が、そこに流れてきとらなければ出来る事じゃなかった、それは形のことですけれども、内容の上にも同じような事言うならば、ここでお互いのところの家の上にもです、ただここからわざわざ貰いにいくと言うのではなくて、合楽の御比礼がそのまま自分の家の、御比礼ともなって行く様なおかげを頂くためには、やはりね。
合楽にここに電源があるならその電源から、を言うなら電柱を立てて、自分のお家にも引くと言う、まあ引くと言うよりも、神様が引いて下さるという信心を、させてもらわなければいけないと言う事を思います。昨日は朝からもうお礼のお届けがずうっと続いておりました、それも本当に前日が大分の支部のご大祭、その前の日は皆さんにも聞いて頂いたように、本当にこげな難儀があるじゃろうかと思うような、難儀の連続のお届でした、しかも様々な問題で。
それがね一日おいて、昨日はその事の御礼のお届けがずうっと続いておりましたです。もう電話がかかってくる、もしもしも言わんでから娘を助けてくださいち言うなお届けでしたからね、前々日はそれが昨日おかげを、そう言う様なおかげを頂いてです、お礼に出てまいりました。その中に丁度大分支部のご大祭に私が留守でした時に吉井から杉さんと言う御酒屋さんです、先日この頃から火事にあわれて丸焼けになりました。それで波多野さんがお見舞いに何か元気が出なさるような神様のなんか一言。
しかし信心もあんなさらんとに、私のかけとんぼう捧げたっちゃ、というたけれども、ぜひ色紙に一筆なんか書いてくれといわれるので、私はそれに「山焼けてまた燃えいずるわらびかな」と書いて差し上げました。それを大変に喜ばれて元気付かれて、御礼にそこの嫁さんが御礼にでて見えられました、そして今度家がでけて、又もとの酒屋にならせて頂いて、もう一日いろいろとお願いをなさったらもう本当に、もうそれこそたまがるようなおかげを頂いて。
今までも勿論取引があったうちではあるけれども、水小僧ですかねあちらの水の方にあります、あちらの酒屋さんの特約店であったそうでしょうが、もうとにかくいるだけ酒はどんどんとっておけと、そしてからその元にも増した、酒屋さんにならんならんと言うて、まあ腰を砕いて下さる方が、出けてくると言った様な事で、もう大変お家の上にもおかげを頂いた。そういう時に隣の屋敷を、今度買ってくれないかと言う話があって、お願いに見えとりました。
それで話が順調に進むならおかげを頂く様にと言う事でしたが、どっこい金がそう言う家を建てられたなんかの後で、出来ませんでした、それでその金銭のお繰り合わせ、千八百万の金が必要なん、そして丁度私がおりませんでしたから、誰か他の先生がお取次ぎをしとる、もう昨日は丁度研修しよる時に、お礼に出てみえましたが、もう本当にもう泣き泣きお礼のお届けを、こげなん事があるじゃろうかというてお届けをされました。お願いさせて頂いてなんと言う、先生か知りませんけれども。
先生があんたまだ後四日間あるじゃですか、といわっしゃったそうです、そしたらそれが本当に後の四日間、それを四日間の間に、神様の働きを頂かにゃんと思うて、もう元気がでて帰らせて頂きましたから、その日のうちにです、もう絶対人のためにはんを押すと言う事はもう孫子の末までせんと言う人がですね、肩代わりしてから千八百万借してくださるち、言う事になったそうです、もうどげん考えたっちゃ神様のおかげて言わにゃおれませんち、と言うお礼のお届でしたから。
誰がお届けをしたじゃろうかと言うて聞きましたら、永瀬君がお取次ぎをさせて頂いております、確かにその永瀬君の信心がどうこうじゃないですけれども、まあ四日間あるじゃないですか、もうまさにに神様が言わせて下さったんですよね、そして成程取次者ではなくて、やはり金光大神の働き言うならば、金光大神の電気の電源、金光から合楽の大きな柱がたって、ここにその電流が流れきとる事を感じずにはおれませんでした。
ほら親先生あなたのお取次ぎでと言うけれども、決してそうじゃないです、問題は誰が座っておってもお取次ぎを頂いてです、もうそれで元気がでたと言うようおかげを頂いた時には、もう金光大神のお取次ぎを頂いたと同じ事です、後四日間あるじゃないですかと、それが聞いた、もう本当にこげなん力強いお取次ぎを頂いてから、そしてそんなおかげを頂いたと言った様なですね、昨日はもう言うなら、昨日はもう本当に有り難い有り難いおかげの連続でしたお礼のお届けが。
昨夜、共励会に内田の叔母ちゃんが来ておりましたが、公子さんから手紙が来ております、小さい字でびっちりかいてから、もうとにかくあちらへ行ってビックリした訳ですね、第一休ませて頂くところが子供達二人と大人のベットが二つあることはあるけど、下が土間だそうですたい、言うならば板張りでもなからなければ、だから子供達が下りたらもう泥だらけになって遊ぶと言う様なことです。
そしてもうまあ綿々と親ですからね、そのあれが足らんこれがない、あれも持っていけばよかった、あれも送って下さいと言った様な、それこそ兄弟達の子供の古靴でんよかけん送ってくれと言った様な事を書いてきとるです、私はそれを読ませて頂いてから、本当にあの、末永先生がもうそれこそ有り難うして、勿体無うしてとにかく、いや勿体無すぎるおかげを頂いて有り難いともう本当に実感を込めて、まあ二回の手紙に書いておりましたがです、片一方で嫁ごがこげん悔やんだり困ったりしとるなら。
これはいかんと私は思いました。それでもう夕べもその事をいろいろ思うてから、なら内田さんいろいろ送ってやらじゃこて、だからいろいろ手配をして内の修行生を使うてからいいから、あぁもしなさい、こうもしなさいと夕べ申しましたけれども、これはどっこい私は送ってやるまいと思いました。今朝からその事を神様にしたらもう、皆さんも朝の四時の御祈念を頂かれた方はもうとにかくお勇みの連続でした。
本当に例えば雨露をしのがせて頂いて、その日の食、食べ物が食べられておるだけでも勿体無いじゃないかと、私は言うてやろうと思うんです、なぜ先生が命がけで御神前を奉仕しとる、その先生にお取次ぎを頂いてあれがございません、これが困っておりますと言うて、なぜお取次ぎを頂かんかと、それを母親に言うてやるなんてんと言うので、それで言うて今度、それはもう本当にそげん思います。
言うなら今日の御理解で言うならばです、南米と言うもうそれこそ、荒れにも荒れた荒地ですよ、そこを開拓にいっとるんですよ二人は、言うなら神様の一番喜んで下さるおかげを頂いてるんです、その事を私はお願いさせて頂きよりましたら、もうそれこそ天の一家からでしょうか、さぁとなんか槍のような物が降って下りてくるところを頂いたんです、なんだろうかと思ったら、スコップが一杯つきたっとるところを頂きました、あぁ言うスコップとかすっぷんとかと言うあれは救うと言う事ですけどね。
しかもこう真っ直ぐに突き立って、こう握るところがあるでしょう、握るところをもう特に印象的に頂きましたから、はぁ何か握るあれが出来るんだなと、神様がそう言う勢いで、それこそ南米のビリグイといや、それこそわずかな日本人が百個しかない日本人のお家が、けれども日本人だけが目当てではない、そう言う言うならば開拓にでておる、しかもならもう十日にもなりますけれども、まだ一人もお参りもないと言った様な中に、神様の間違いのない働きを受けながら、受けておる喜びをです。
言うならば、教会長が有り難い勿体無いと言うとるとに、家内があれもないこれもない、例えば悔やんで、ないちいうてやる事では、私はおかげの邪魔になると思いました。だからここらは本当に心を鬼にして、その例えばあちらへいったらね、あちらの人達に同化して行かなきゃいけんって、なら沢山いろんな人がおるだろうが、ならその人達はどげんして生活をしよるかと、靴がなかなら裸足でもいいじゃないか。
これはそうです私共でも、あちらの北支の方へ参っとります時に、日本人だから日本人で、生活しよったような事ではとても出来る事じゃないです、私共も畳もない言うならば、なんですかね、こうしたダンボールひとつ、あれは何とか言いよった朝鮮辺りでは、その上で生活をしましたし、だから食べ物でも結局支那人が食べる物でなからなければさっと手に入らんとですね。
靴でんなんでんシナ靴を履いて、やっぱり頑張りました、そこに同化すると言う事が外地にいったらまず第一です、そう言う外地に行って日本で生活しよった生活、もう昨日の手紙を読ませて頂くともう洗濯バサミから、なんかタコのなんとかちするとがあるでしょう、あげんとかいろいろあちらで不自由しとるものを買って送ってくれという訳です、もう布団もなかけん送ってくれ、いるもんいろいろ、だからそれはもう送ってやらにゃんめと一時は私は思うよったけれども。
ようと考えよったらこれはどっこい、ここで私が情に負けよったらいかんばいと思うたからね、もう私が送ってやらんと、と言うその思わせて頂きましたら、今朝からもう神様が本当に生き生き立ってござると言う感じです、いかにその開拓と言う事が神様のお喜びであるかと言う事が分かるでしょうが。荒地荒れ屋敷をお嫌いなさる、その荒地であり荒れ屋敷であり、それを開拓それこそもう決死の思いで開拓に出ておるのを、神様が喜んで下さらないはずがない。
そこに様々な開拓者の難儀と言うものはもう待ち受け取りましょう。それでもそこをやはり、それこそ蹴散らすような勢いでそこをやっぱり踏み越えて行って初めて開拓が出来るのです。そして良い種をまき良い苗を植えて、神様のお喜び頂けれる世界がそこに顕現されてくるわけなんです。南米だから日本だからと言う、神様の働きにおいては変わりはない、けれどもなら南米にいったならば、南米の土になるつもりでお互い夫婦ともいっとるのですから、その日本恋しいやではなくてね。
ほんにあれも持ってきて置けばよかった、あれもいると言った様な、言うなら現地の人はならどげなん生活をしよるか、その現地の人と同じような生活をしたらわざわざ日本にあれを送ってくれ、これを送って下さいと言う様な事は言う必要はない、と言うふうに思うのです。そこになら神様のです働き、そう言う、いわば一つの決断と言うか、根性と言うか腹が決まった時、決して泣き事どん言わんと言う、腹が決まらなければ開拓と言う様な事出来るはずはありません。
それこそ正教先生が言うとる人間離れと言う事はそう言う時でなからなければ、人間離れはありません、あれがなからにゃ困る、これがなからなきゃでけんち、もうそれこそ夏も冬も夏服一ちょ、それこそこう口を開けたごたるその靴がもう履けんようになったから、もう下駄擦り切れたような下駄を履いて、しかも拾うて回った、拾うてきた下駄を履かせて頂いて、それをおかしいとも困った事ともぜんぜん感じないという事はもう人間離れしとるからそれが平気で、いやむしろ有り難くて修行が出来たんです。
人間離れと言うものは神様の有り難い事分かって、一分一厘間違いのない働きを分からせてもろうて、いうならば、なら末永さん先生夫婦というものは、そこまでは分かってるんですから、まだ人間離れが出来ないところに、まだ難儀を感じておるのですから、今こそ人間離れをする時期を、神様が与えて頂いておるのであるから、これはどうでも人間離れをさせるためにも、私がその甘えにこちらが乗ってはいけない、本気で先生達が人間離れのおかげを頂かせてもろうて、言うならば人力ではないね。
神力の限りない働きを現す事の為には、ここはどうでも必要でありここを乗り越えなければいけない。皆さんでもそうですもう神様の本当に働き申しましたように、一昨日のお届けが昨日はそれが皆御礼になって、御礼にでて見えたり電話で御礼があったりしたが、そう言う皆さんもおかげを頂いたり、見たり聞いたりしておるから神様の間違いないなぁ、間違いのないなぁと思うとるけれども、中々踏ん切りをつける所に踏ん切りを皆さんが付けきらんでおるでしょうが、改まりがでけんでおるでしょうが。
そう言う踏ん切りをつけるチャンスと言うものがです、与えられた時にです改まるそこに、私は人間離れのした人間が新たに誕生する、それをなら神様へ向こうていく、いわば手立てともさせて頂く事になるのです、人が悔やみよることで一緒に悔やんだり、人が腹を立てるときにこちらも腹を立てとる、これは言うならまだ人間離れをしとらん証拠です。ですから信心とはですね、何かのどうした機会かにです、もうすきっとした垢抜けた信心と言うのはその人が人間離れしておるという事です。
それはいつも出来る事じゃない、神様を分かった上にも分からせてもろうて、神様の間違いなさを、いわば信じてはおるけれども、自分の上にはそれがなかなか改まると言う形で現れてこない、それをです神様が時期を与えて、無い無いずくしのような中を通らせてくださるけれども、その無い無いずくしの中に、無い事の中に喜びが感じられるような信心を頂いてはじめて人間離れをするおかげ。
昨日は朝から午後からも座らせて頂いて、目をつぶると御心眼に頂くのが、吉井から日田までの間に、ぶどう園がいくらもありますね、道筋にそれからなし畑がありますでしょう、あの状況を次々頂くですもん、どう言う事じゃじゃろうかと、私は思わせて頂きよりましたけれども、私は金光様の信心とは是れだなと思わせて頂きました。結局我情我欲をとる事です、そこには我が身は神徳の中に生かされてある、その我情我欲が離れる時が、いわば、人間離れのする時です、
私はこのなし畑というのは、なしと言う事は無と言う事に通ずるです、そしてなら神様は決して難しい事は仰らん、あれを食べてはいかん、こうしちゃでけんと言うとじゃなくてです、自分の手の届くところになったならば、御の字をつけて頂く事によって、一切が許されるんだと言う事なんです。だから言うなら、金光様の信心の教えと言うのは、なしの木を植えて、それは段々枝がしこって行く、そしてそこに高すぎとは切っていき、そして、枝ば横へずうっと広げて行くでしょう。
そこにこう棚なんかを作ってそれにこう加えていくですかね、これはぶどうもそうです、いわば自分がたってちぎられる所にぶどうがなり、なしがなると言うのはそういう訳です、だから金光様の信心とはですね、ちょいと後ろを向いただけで、ちょっと自分の必要なものがちぎられる、自分のあれが欲しいと思うならここにちゃんとある、と言う様なです、そう言う手立てを日々していくと言う事なんですよ。
それにはまず自分が空しゅうならにゃいかん、ある意味合い死んだ気で、ある意味では、はぁ是が我情であろう、是が我欲であろうと自分の思いを打ち捨て振り切ってね、しかも教えに基づいてそれをくくって行くから低い所へたくさんな、もう自然を大事にすると言った様な事は、伸び放題に伸ばすと言う事じゃないです、ほらはしごをかけたり、昇ったりしてちぎりよるけん怪我するとです。百万円しかなかつに百二十万円もつかいよるから、ろくな事がないとです。
百万円あるなら百万円の持場持場でしていく生き方をまず身について行かなければならん、それで、なら百万円よりつこうちゃならんと言う事じゃない、一千万円いうなら自由な収入があるごとなったら、一千万も使うたっちゃ贅沢ではないと言う事になるでしょうが、そのためにはね私共がまず、もう我情我欲を放して我が身は、神徳の中にあるなあと言う実感をです、頂かせてもらう、なるほど必要なものは必要に応じてこうやってちぎられる頂かれる、ぶどうと言うのは私はね。
食べちゃならんじゃない食べてよか、一生懸命一杯食べてもよか、腹壊さん程度に頂くなら何を頂いてもよか、そして余ったのは壷の中に入れて、そして是に水を汲んで、そして上からきっちりふたをしてね、ブツブツいいたい時でもふたをしていくうちに中から芳醇な香りがたってくるようになり、アルコールもでてくるようになって素晴らしいぶどう酒が出来る、言うなら有り難き勿体無き、恐れ多きと言うのはそう言う手立ての、言うならばぶどう畑を作って行くようなものだ。
それも自分のちぎりよか所に、ずうっと教えと言うものは、そう言う風に仕立てて行く自分の心をね、そこになら人にもあげられる、飲んだらそれこそもう、こんな苦しいはずなのに苦しいだんじゃない、有り難い御礼がいえれると言うのはです、どんなに心にうさを感じておる時であっても、一杯頂くとその心のうさが払われるようにです、有り難き勿体無き、恐れ多きと言うのは、そんなに素晴らしい効果のある物、効力がある物なんだ。でそげんしたところへへ丁度大分から皆で。
幹部の方達が御礼にでて見えましたから、その話をした事でした、あんただん毎日お参りをして来て、毎日ぶどう畑と同じ畑を見ていきよるけんでね、是はこげなん風になって行きよるじゃろうか、不思議に大分の人達はですね、あの御理解をわざわざあげん遠か所から参ってきて、頂く人が少ないですつうっと帰るです、こらこらち呼ぼうごとあるですそれではね、ならぶどう畑はどげんして作らんなんか、畑はどげんつくらなんかが分からん、だからその事を申しました事でございましたけれどもね。
そう言う例えば神様の間違いない働きを頂いて行きながらでも、なら自分の心の是がいっちょおかげにならんといったようなものを、言うなら振り捨てて行くと言う事はなかなか出来る事じゃないけれども、今例えば末永先生夫婦が今、現在のところを通って行っておると、もう背水の陣を敷いて南米に行っておるのが、また後を振り返るような事であってはでけん、振り返ると後ろはもう川なんだという訳です、背水の陣は後ろに引かれんと言うのです、もう前に進んで行くほかにない。
それにあれがなかけんで、私はもう読んだ時にはですね、子供の古靴でも良いけんでと書いとるとば見てから、もう本当にどんこんされんごと思いましたばってんね、思えば思うほど、もう金光様の先生がよその人のものを古靴どん履せて子供に履かせるなんてんごたる思い方があってよかろうはずがなか、もうそれよりか、もう靴がなかなら裸足で遊ばせろと、現地の人達は何を履いてどう言う生活をしておるかと、その中に入って行くことが同化していく事だと。
と言う様に段々思いが変わってまいりましてね。今日はもう送っちゃやらん、送ってはいかんばい内田さんと今日私がいおうと思いますね。そしたらなら神様がもうそれこそ、もう本当にあのお勇みが続いておりました。だから心を鬼にするとか冷たいごとあるけれども、本当におかげを頂く時には本当にそこをやはり通りぬかなきゃならん、銘々の上にもいつもち言う事はないけれども。
はぁ是は神様がチャンスを与えて下さってあるなあと思うた時にには、一つ本気で人間離れのするね、人間離れをする、私は信心を頂かなければ。本当の信心の値打ちはなかと思う、信心あるもんでん、ないもんでんあんまり変わらんじゃない、信心のなかもんが腹をかく時にこっちも腹をけえとる、信心のなかもんが悔やみよる時、こちらも一緒になった悔やみ寄る様な事では、私はおかげにはならんと言う事です。
本当に必要な物が必要に応じて。すぐここにぶどうがなっておる、なしがなっておると必要なものが頂けれるような、おかげを頂かせてもらうためにはです。どうでも自分の心の中の、荒地荒れ屋敷に取り組まなければなりませんし、同時に私は南米布教と言うのは、やはり荒れにも荒れた土地の開墾を目指して行っておるのだから、今日の御理解からそう言うような事を感じさせて頂いた。皆さんがさぁ今日改まりなさいというても、なかなか出来ることじゃない。
神様の働きの間違いなさを知っておってもできる事じゃないのに、けれども何かの機会にです、それがもう潔うでけて、もう、しかもそれが、いうならば、おかしゅうもなからなければ恥ずかしゅうもない、それこそ、もう、有り難い、勿体無いといえれるような心の中に、状態が開けてきた時こそがもう人間離れして行きよる時であるふうにと私は思うのですよね。
どうぞ。